料理はご飯と味噌汁があれば十分
向井 ─ 今日は野﨑さんにお聞きしたいことがたくさんあって楽しみにまいりました。どうぞよろしくお願いします。
野﨑 ─ はい、何でも聞いてください。
向井 ─ こちらは野菜で作ったブーケなんですけど、真ん中のブロッコリー一つ取っても正しいゆで方ってよくわからないかも…です。
野﨑 ─ ブロッコリーは沸騰したお湯でゆでると酵素が死んでしまうので、80℃位の温度でゆでるのがおすすめですよ。
向井 ─ そうなんですか!私、ゆで時間を短くすれば良いのだと思っていました。
野﨑 ─ もちろんケースバイケ―スですよ。
向井 ─ そういう一つ一つのこと、一般の家庭のご飯に役立つヒントを伺いたいです。
野﨑 ─ 今、世の中は情報過多だからみなさん迷ってしまう。極端な話、私は、料理はご飯と味噌汁さえあれば良いと思っているんですよ。
向井 ─ それだけでいいんですか?
野﨑 ─ あとはほうれん草のお浸しとか納豆や冷奴、お刺身があれば十分でしょう。
向井 ─ そうですけれど…。
野﨑 ─ それぞれお醬油かければ出来上がり。料理とは言えないですか?
向井 ─ うーん。
野﨑 ─ ただね、ほうれん草にお醤油ダーッてかけるでしょう。あれではほうれん草が持つ甘みも感じられない。
向井 ─ どうすれば良いですか?
野﨑 ─ ミストでかければ良いんですよ。
向井 ─ お醤油の味を食べたいわけではないですものね。
野﨑 ─ 大体、あたたかいご飯を3食食べられること自体、幸せじゃないですか。それがいつからか〝だし〟を使うようになり、調味料をたくさん入れて、それが文化的だと考えるようになってしまった。料理ってそういうものだと思っていませんか。本当はお米がおいしければそれで充分なんです。
向井 ─ そうかもしれません。
野﨑 ─ 私たちプロの料理人は、それではお客様にお出しできないので、色々しきたりを作って料理を難しくして楽しむ仕事なんですよ。
向井 ─ 家庭料理とは違うということですか。
野﨑 ─ そうは言っても料理の原点はやはり家庭にあるといつも私は言っています。たとえば〝竜田揚げ〟って言ったらどんなイメージですか。
向井 ─ 竜田揚げと唐揚げって、どう違うんでしたっけ?
野﨑 ─ 一緒ですよ。プロは下味つけて片栗粉つけて…って決め事があるけれど、実は竜田のテーマは〝もみじ〟なんです。百人一首の「千早ぶる 神代もきかず竜田川 からくれなゐに 水くくるとは」の句から名づけられていてもみじ色に揚げたものという意味なんですよ。だから緑色でも竜田揚げになる。だってもみじは春に青いでしょう。だから〝春たつた〟という名前にすればいいんですよ。
向井 ─ はー。今まで色々なことに惑わされていたかもしれません。原点に戻るべきですね。
世界最強のプロテイン料理とは
野﨑 ─ 日本には世界最強のプロテイン料理があるの、知っていますか?
向井 ─ 豆料理?お豆腐?
野﨑 ─ 味噌汁です。お味噌に豆腐に油揚げみんなたんぱく質ですよ。
向井 ─ 本当!ソイプロテインですね。
野﨑 ─ 江戸時代なんて、さらにひきわり納豆を入れていたから最強のプロテイン料理ですよ。私の祖母は明治生まれで特別なごちそうなんて食べていなかったけれど100歳まで長生きしました。そんなものなんです。
向井 ─ 健康と長生きの秘訣はシンプルなんですね。
野﨑 ─ それと食で重要なのは距離だと思っています。採れた所・獲れた場所と食べる人との距離が短ければ短いほど良い。長くなっ
て時間がかかると、えぐみや渋みが出てきてここに調味料をたくさん入れることが技だということになってしまうんですよ。
向井 ─ 一番大切なのは何か…ということをしっかり押さえないとダメなんですね。
野﨑 ─ 今は見た目というか食べる時の〝綺麗さ〟〝おしゃれさ〟が注目される時代でしょう。プロはそれが求められて当然ですよ。だから銀座のお鮨屋さんで3万円も5万円も出して綺麗に並んだお鮨をみなさん喜んでお食べになる。だけど家庭でそれは必要ですか?
向井 ─ 私なんかは高級なお鮨屋さんに行くと緊張して少ししか食べられなくて、結局〆のラーメン食べに行ったりします(笑)
野﨑 ─ お刺身なんてスーパーで1000円位で買えるんだから、10分位漬けにして、ほかほかのご飯にのせて食べるのが一番ですよ。
向井 ─ 1000円でお腹いっぱい!
野﨑 ─ スーパーで鱗引いてさばいてくれて1000円。有難いですよね。本当に安い。
向井 ─ 安すぎますよね。かかっている手間を考えると…。
野﨑 ─ 消費者の方には安い方が良いけれどずっとそれで良いわけではない。一つだけ声を大にして言いたいのは、第一次産業を守らないと国がダメになるということ。守るためにはどうすれば良いのか…。
向井 ─ 食料自給率を考えたらタイヘンな状況。
野﨑 ─ 日本は国土の70%が山林です。だから農作物を作ろうと思ったら、もっと作れるはず。でも作らない。作れない。儲からないから。
向井 ─ 私たちも、食べ物を価値に見合った金額を出して買わないといけないですね。
野﨑 ─ でもみなさんにも生活がある。
向井 ─ そのものの本当の価値を知るのって難しいと思います。私は大学で生物農芸学を学んでいて、養豚も、と畜場でお肉になるま
でを見学しました。命をいただくということをしっかり見届けたかったので。でも一般の方はあまり知らない。食べ物が届くまでにど
れだけ多くの手間がかかっているのか。この値段が本当にこの物の価値に見合っているのかとういうことを考える機会がないですよね。
食育は大人から
野﨑 ─ 今の人は圧倒的に生の体験が少ない。バーチャルばかりだから痛さとか冷たさとか温かさを感じられない。要するに教育だと思うんです。食育。特に大人の食育ですね。
向井 ─ 本当に実体験って大事。〝いただきます〟のいただくの意味を知るのも大事ですね。
野﨑 ─ 日本のお箸を横に置くのは実は結界の意味があって、世俗な人間界に対し箸の向こうは神聖な領域―だから自然界から〝いただく〟という精神を表しているんですね。座禅に行くと五観の偈(ごかんのげ)というのがあっていただく意味を深く考えさせられます。
向井 ─ 子どもにも「急いで食べなさい」じゃなくて感謝していただくことを教えないと。
野﨑 ─ 大人がやらないことを、子どもは絶対やりません。
向井 ─ 今、共働きの方が増えて、どれだけ短い時間で簡単にご飯を作るかっていうところに みんな神経を使っているように感じます。通っている女子大での会話も〝フライパンで炒めるだけの食材〟や〝日持ちする食材〟に注目が集まって…。やっぱり疑問です。
野﨑 ─ 世の中便利すぎて、少し見えなくなっているものがあるような気がします。たとえば野菜なんて捨てる部分なんて無いのに、みなさん皮をむいて捨てるでしょう。食べられるのに。私の田舎では「丁寧」に扱うことを〝真手(までぃ)に〟って言うんです。食べ物をど
こも捨てずに全部調理してきた先人たちの物を大事にする知恵ですね。
料理のいちばんの味つけはきれいな水
野﨑 ─ 日本は食材が豊富で調理法が多いから迷ってしまう。だから逆に最初に言ったご飯と味噌汁で十分ということが大事なんです。
向井 ─ 原点を見失わないようにしたいですね。
野﨑 ─ 日本って水がきれい。だからお米も美味しい。世界で川の水が飲める国は9ヵ国だけ。湧水が飲めるなんて贅沢なことですよ。
向井 ─ 身近に美しい水があることを忘れてはいけませんね。私たちもパスタが映えるなどと言ってないで、今一度お米に戻らないと。私たちの体には何が必要で、健康のためには何が良いのか考えないと本末転倒ですね。多分私たちには大豆とか発酵物とかご飯とか、身近なところで獲れるお魚などがすごくマッチするんだと思います。
野﨑 ─ 結局日本人が一番長寿なんですから。1960年から日本は寿命がどんどん伸びて、人口も増えました。それで食糧が足りなくなって、海外から輸入するようになった。
未来はきっと明るい
野﨑 ─ 世界では水産物を獲りすぎて問題になってます。でも私は未来はダメな方向に向かっているとは思っていません。たとえば川崎の公害や水俣の問題に対しても、人類が賢いからそれに対処して解決してきました。食糧問題もそうです。今養殖の技術ってどんど
ん進化していて、養殖の魚が天然物と全然変わらないような美味しさになっています。
向井 ─ 賢い方々が今の人口を、今の地球環境でどうやって賄うのかっていうことを、 考えてくれているということですね。
野﨑 ─ 私たちも、今まで自由にやりたいようにしていたけれど、これからは食料も大事に食べるとか、無駄にしないとか心がけないと
いけないんです。そうするとCO2の削減にもつながるでしょうし。
向井 ─ 本当、そうですね。
農業が美しい棚田が日本を救う
野﨑 ─ 農業は国を救います。 自国で作れるものを自分たちで作るのが基本。私の田舎では「結―ゆい」という助け合いのシステムがあって、分け合いの精神で力を合わせて農業をしてきました。だから地方の棚田の美しさは人の手が入った里山の原風景なんです。
向井 ─ 100年に一度とか、何十年に一度という自然災害が頻発していますよね。だから今、みなさんと力を合わせて考えないと、美
しい風景たちを残せなくなってしまう。
マンションでも「結」のつながりを
向井 ─ 今日は野﨑さんの「体験が大事」というお言葉が心に刺さりました。たとえばマンションの中で旬の野菜が摂れすぎたから分け
ましょうとか、お年寄りの収穫を手伝っておすそ分けをもらうとか、そういう体験ができると、全く違う未来が見えてきそうですよね。
野﨑 ─ 私が住んでいた田舎の集落は、言ってみればマンションと同じだと思うんです。田舎では作ったものを重箱に入れて隣に持って行く、お返しをもらうという関係があった。ただし悪いことをすると村八分になる。10の行いのうち、約束ごとに違反した人へのお手
伝いは、お葬式と火事以外ないという取り決めですね。
向井 ─ どんなことがあってもその2つは残しましょうということなんですか?
野﨑 ─ 人道的なことですから。そういうのは都会でも一緒じゃないですか。万が一の時は助け合うという。ただ都会は人に干渉してはいけないルールが厳しくて寂しいですね。だから仲良しのグループで先ほどのような交流ができると、集合住宅も楽しいと思います。
向井 ─ 今、子ども食堂みたいなものがあるじゃないですか。 それをもう少し、いろんな人が集まってOKという感じにすると、 結のひとつの形になるかもしれないですね。みなさんがそれぞれ得意料理を持ち寄ったりして。
野﨑 ─ そうそう、昔、田舎ではお年寄りが女子会をしていました。60年くらい前の話ですよ。 近所でそれぞれ得意料理とか持ち寄って
宴会するんですよ。赤玉ポートワイン飲んで酔っ払ったおばあさん達が歌っていました。だからマンションでもそんな集まりができたら、温かい社会ができるのかなと思いますよ。
野菜クズは救いの神
向井 ─ わが家では冷凍庫に野菜クズがストックされているんです。それをスープにしたのがベジタブルブロス。これをベースに作ったお鍋がめちゃくちゃおいしいんですよ。 高級食材で作ったお出汁よりもほっこりと疲れがとれて。 「今日はベジブロでお鍋よ」と言うと「やったー!」って、みんな大喜びなんです。
野﨑 ─ 私は残り野菜をひたひたの水で煮てからミキサーかフードプロセッサーでみぞれ状にするんですよ。ここに肉を入れたり魚を入れたりすれば、 簡単に一品料理になる。野菜クズって良~いだしになるんですよ。味が決まらない時は豆乳とかトマトジュースを入れると良いですよ。
向井 ─ 美味しそう!
野﨑 ─ ただ、煮詰めて濃くならないよう気をつけてください。薄めることも大事。かつお節だってたくさん使うと美味しくない。和食は本来淡い味だから味を感じることができます。 それも水がきれいだからできること。ところが「プラスプラス」の西洋文化が入ってきた。自分の舌に自信が持てなくなってしまって何もかも味をつけないと不安になった。僕は肉じゃがも炊き込みご飯も水でいいって言ってますよ。
向井 ─ 素材の味をひき出すということ…。
野﨑 ─ 昔に比べて物流とか保存方法とかが格段に良くなったから。素材が新鮮なら余計な味付けはいらないんです。もちろん、必要な時は足しますけれど。よくイワシを煮る時に生姜を入れるでしょう。どうしてですか。
向井 ─ 臭み消しですよね?
野﨑 ─ 今どき臭いイワシとかスーパーで売ってないですよ。その時代は正しかったかもしれないけれど、今はもう違うかもしれないからきちんと考えないと。
今が幸せな時代だと知ってほしい
野﨑 ─ よく昔が良かったって言うけれど、今の時代の方が幸せですよ。便利な世の中になって。うまく活かせば無駄なく、 無理なくっていうことができる時代なんです。
向井 ─ 親御さんがそういう姿勢で料理していれば、子どもたちも料理ってそういうものだと自然に覚えますよね。
野﨑 ─ 食べられることの幸せもわかってほしいですね。
向井 ─ 本当にそう思います。
向井 ─ もっともっとお話を伺いたいのですが残念ながらお時間がきてしまいました。今度はぜひ野﨑さんのインスタライブでご一緒させてください。
野﨑 ─ はい。
向井 ─ 本日はお忙しい中ありがとうございました。
インタビューを終えて 野﨑さんは以前にお会いした時もずっと笑顔でいらして、今回もニコニコと満面の笑顔でした。有名な日本料理の巨匠とはとても思えない気さくな雰囲気。でも芯には確固とした日本を愛する信念があって、わかりやすく教えてくださいました。おいしい食の原点は「お米」と「水」にあること、人と人の交わりが一番の味付けであることなど、ふだん気づかない大切なことを改めて実感しました。私たちが今恵まれた環境にいること、それはずっと続くものではなく、みんなで努力をしなければ持続できないことに気づきました。 |
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野﨑洋光 PROFILE
和食料理人
1953年、福島県出身。武蔵野栄養専門学校卒業後、東京グランドホテル、八芳園を経て、「とく山」の料理長に就任。1989年、日本料理店「分とく山」を開店、グループ5店舗の総料理長を務め2023年に勇退。
現在は書籍、ウエブサイト、テレビのほか、メニュー開発や全国各地の料理イベントなど活躍の場を広げている。
2004年にアテネ五輪日本代表野球チーム総料理長に就任など多方面で活躍。
向井亜紀 PROFILE
テレビ・ラジオなど幅広く活躍。1994年に元格闘家の髙田延彦氏と結婚。髙田氏とともに全国各地で親子向けの無料体育教室「髙田道場ダイヤモンドキッズカレッジ」を行い、のべ2万人以上の子どもたちとふれ合っている。またアフリカへ古着を送る活動、ゴミを出さない美味しい食生活などSDGsを実践している。